“陶芸といえばろくろをイメージされるかもしれませんが、全工程のなかでろくろを回すのはせいぜい数分なんですよ”
9月下旬、千寿香は滋賀県甲賀市にある信楽で活躍されている宮崎さん・松本さんご夫妻の工房に、陶磁器が実際にどのような工程で作られているのか、見学にうかがいました。
冒頭は、作業の説明に入る前、一緒に立ち会っていただいた陶芸家の立木さんの言葉です。
詳しい内容は後述しますが、器が完成するまでには、ろくろを回すだけでなく、土づくりから焼成まで、たくさんのプロセスを重ねる必要があります。器作りは、私たちがイメージしていたよりもはるかに、繊細で、多くの時間と体力を要する作業でした。実際に器作りをされている工房でお話をうかがい、作家さんの作品作りにかける熱意と手仕事で作られる器の美しさに、改めて心を打たれました。
<なぜ千寿香で信楽を訪問しようと思ったか>
そもそもなぜ私たちが信楽の工房を訪ねようと思ったのか。それは、千寿香の運営を通して、日本の伝統工芸市場を取り巻く課題に直面したことがきっかけでした。
千寿香では、正絹の着物を販売していますが、現代では、他の伝統工芸品と同様に、飛ぶように売れるような状況ではありません。
しかし、日本古来の伝統工芸をこのまま廃らせたくない。日本の伝統工芸は、作家さんが伝統の技を駆使して作っており、質も高く、とても魅力的なものが多い。これらをぜひ次世代にも受け継ぎたい。
そう思ったものの、千寿香として一体何ができるのか、すぐに答えが出せなかったため、まず実際に作家さんからお話をうかがい、現状の課題を明らかにすることから始めようと考えました。
<作家さんの紹介>
今回お話をうかがったのは、陶芸家の松本さん、宮崎さん、立木さん、山内さん、そして草木染織り作家の佐藤さんでした。自己紹介とともに、作品や作品作りにおけるこだわりをうかがいました。
・松本さん
白い磁器に幻想的な動物の絵が印象的。学生時代に実習用の陶器を見たのがきっかけで今の作風になったそう。中国の古い陶器がお好きということで、その影響が随所に見られました。
動物をモチーフとされていますが、可愛くなり過ぎず、スパイスの効いた絵付けが魅力的です。通常は陶器で用いられる掻き落とし、という技法をあえて磁器で取り入れられるなど、見た目の美しさだけでなく、器作りのプロセスにもこだわって制作されています。
・宮崎さん
車・動物などをモチーフに、主に子供向けの陶器を制作されています。作品より先に作品名を付けてから制作される(!)とのことで、クマグ(クマのマグカップ)やハシオキオ(橋●夫さん)など、遊び心のある作品が魅力的です。
クマの目元がよく見ると文字だったり、細部まで見る人を楽しませる仕掛けをされています。誰かへのプレゼントとしてお贈りするのにお薦めです。
・立木さん
ピザ窯、コーヒーメーカー、iPhoneスピーカー、、、好奇心旺盛で発想力のある立木さんは、他ではみられない焼きものをたくさん作られています。干支の置物も、酉年はドードー鳥、申年はマンドリルなど、あえて独創的なモチーフを選定。揺らすと音が鳴るビアカップ(お替りの呼び鈴にも!)など、欲しいけれどなかなか売っていない実用的な作品も制作されています。斬新な作品が目立ちますが、ベテラン作家さんならではの重厚な作風にも目を奪われます。
・山内さん
青や黒の色使いが巧みで、食卓を素朴に彩る作品を作られている山内さんは、以前は軽さに、今は使いやすさにこだわっているそうです。実用性を追及した結果、今のシンプルな作風に辿り着きました。
作品からは、料理の熱から手をまもる厚み、持ちやすい高台の高さ等、細部へのこだわりが感じられます。今後は鍋をメインにやっていきたいとのこと。ご本人の飄々としたキャラクターとは裏腹に、ものづくりに対するストイックな姿勢が、作品の魅力を高めています。
・佐藤さん
草木染織り作家の佐藤さんは、主に絹糸を用いた作品を制作されています。草木染にはくすんだ色のイメージがありますが、発色の良い絹糸を使用することで、明るい色を出されています。
手織りで、絹糸に少し綿を混ぜるなどの工夫により、表情豊かな作品に仕上げられているそう。地元の信楽のよもぎで染めた糸で織ったストールも実際に触れさせていただきましたが、ご本人の優しいお人柄がにじみ出ており、ぬくもりを感じられる作品でした。これからは着物の制作にも挑戦されたいそうです。
<陶磁器を作るプロセス>
- 土もみ
荒もみで土の固さを均等にしてから、菊練りをして土の中の空気を飛ばします。菊練りは左右100回ずつ行う必要がありますが、うまくできるまで1年以上の鍛錬が必要です。
全ての工程のなかでも特に重要で、作品の出来に大きく影響する作業です。
土にこだわる作家さんは、自ら山にはいって調達してくる方もいらっしゃるとか。
水びき
電動ろくろで器の成形をします。土が乾かないように、時々手を水で濡らすため、水びきといいます。少しバランスを崩しただけで、形がぐにゃりと崩れてしまいます。
冬になると土が氷のように冷たくなり、優雅なイメージと相反して厳しい作業です。
- 削る
ろくろで成形が終わったら、一旦土を乾かし、カンナ等の道具で表面を均一にするために削ります。この時に、高台を作ります。
- 素焼き
800~900度の窯で焼きます。
- 薬掛け
釉薬と呼ばれる色を出す薬を付けます。薬の調合は、三角座標を使って化学式の計算を行います。ロットや原材料によっても、色の風合いが異なってきます。料理のレシピと同じで、自分なりの調合の仕方を身に付けます。
- 本焼き
1230~1280度の窯で再び焼きます。窯の温度はゆっくり上げ、ゆっくり下げるため、13~14時間かかります。
今回は基本的な作業工程を教えていただきましたが、それぞれのプロセスで、様々な技法が存在します。その技法同士をどう組み合わせるかによっても、出来上がる作品が異なってきます。
<こだわり・やりがい・課題>
制作のプロセスをうかがうなかで印象的だったのは、プロセスを経るごとに、器のサイズや色が変わっていくというお話でした。例えば、素焼き・本焼きを経るたびに土が縮小し、成形したときよりサイズが小さくなります。また、釉薬も焼成前後で色が変化します。完成品を自分のイメージ通りに作るためには、長年の経験に裏打ちされた技術が必要です。
また、窯はたくさんの器を入れて焼く必要があるため、オーダー品1つだけを作るということが難しく、一度にたくさんの器を焼く必要があります。窯は満タンで焼かないと、良い温度にならないためです。そのため、別注品を特別に作ることが難しく、〇〇と同じ型、というオーダーを受けることが多いそうです。たくさんのオーダーを受けて忙しくなりすぎると、自分の作品を制作する時間が少なくなることもあります。受注と創作のバランスが難しい現状があるようです。
一方で、制作の励みになるのは、やはりお客さんと接する機会をもつことだそうです。作品に対する反応を直接見ることができ、さらにお客さんと顔見知りになれば、新しい作品を見せたいという気持ちが次の作品の制作に繋がるそうです。作品は光の加減だけでも見え方が異なってくるため、写真だけでは伝わらない器の良さを伝えるためにも、作品を実際に見ていただける機会は重要です。遠方の展覧会で在廊必須の場合は、物理的に参加が難しいこともありますが、できる限り実際に作品を見てもらう機会を作られています。
<結び>
今回の訪問で、作品を作るためには、長年の経験に裏打ちされた確かな技術が必要であること、また、それによってできる作品1つ1つが、作家さんのこだわりが詰まった貴重なものであることを改めて感じました。また、作家さんが個性豊かで、それぞれのお人柄が作品に現われていたことも印象的でした。作品そのものだけでなく、誰がどんなプロセスを経て、どんな気持ちで作品を作っているのか。これらが手仕事ならではの作品の魅力につながっていることも、改めて実感しました。
千寿香として、今後どのように作家さんとお客さんをつなぎ、作品の魅力をお伝えしていけばよいのかを考えるうえで、大変貴重な機会となりました。